認知症患者が他人に損害を負わせたら、 家族はどんな責任を負うのか!?

認知症患者が他人に損害を負わせたら、 家族はどんな責任を負うのか!?

タイトル

1 JR東海共和駅・認知症患者列車事故事件の概要

皆さんの記憶にも新しいかもしれませんが、2007(平成19)年12月7日、東海道本線共和駅近くで、認知症患者Aさん(91歳 要介護4、認知症高齢者自立度Ⅳ)が線路に立入り走行してきた列車にはねられて死亡した事故がありました。そして、JR東海がAさんの妻(85歳 要介護1)と長男に対して、振替輸送費等の損害賠償を請求する訴訟を提起して民事事件になりました。社会には認知症患者を抱える家族は、たくさんいらっしゃいますから、この裁判の帰趨は、社会から耳目を集めることになりました。

 

厚生労働省は、「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」を策定して、認知症患者が可能な限り住み慣れた地域で生活を続けていくための整備をすると言っています。2025(平成37)年には認知症患者が700万人にも達するという推計もあります。こうした状況から考えますと、認知症患者が他人に加害行為をしてしまう事故は、今後、さらに増えてしまうかもしれません。そうなるとその認知症を介護している家族は、いつ自分も損害賠償請求されてしまうかもしれず、大変心配なことでしょう。

上記のAさんの事件では、第一審から最高裁まで争われ、それぞれ違った結論が示されました。この3つの判断、特に最高裁の判断について理解しておくことは大変重要ですので、以下では順を追って説明していきましょう。

 

2 本件で問題となる民法の条文

この訴訟で問題となる法律は、責任無能力者の監督義務者等の責任について定める民法第714条です。まずはその条文も確認しましょう。

【責任能力】

第712条  未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。

第713条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

【責任無能力者の監督義務者等の責任】

第714条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2  監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

Aさんは、重度の認知症患者でしたから、713条により損害賠償責任を負担することはありません。その結果、714条により、責任無能力者であるAさんを監督する法定の義務を負う者が損害賠償責任を負うことになるという理屈になります。本件では、Aさんの妻と長男がこの法定の監督義務者に該当するのかということが争いになったというわけです。

 

3 下級審判決の内容

本訴訟では、JR東海は、認知症患者のAさんの妻と長男に対して約720万円の損害賠償請求がなされていたのですが、第一審の名古屋地裁は、民法714条に定める監督義務者に該当するとしてその全額の支払いを命じる判決を出しました。

控訴審の名古屋高裁は、長男に対する請求は認めず、Aさんの妻のみが監督義務者に該当するとして、360万円の損害賠償義務を認容しました。

妻にだけ監督義務者としての責任を認めた理由は、妻はAさんと同居して現実に介護を行い、日ごろのAさんの行動を制御できる立場にあるから監督義務者としての義務があり、かつその義務を怠らなかったとは言えないとしたからです。

他方、長男については、Aさんをどのように介護するかについては関与したが、遠方に居住していて日頃の介護に関与していたわけではないことから監督義務者には該当しないとされたのです。

名古屋高裁が、妻に監督義務者としての責任があると認定したのは、夫婦の協力扶助義務(民法第752条)や事故当時の精神保健福祉法、成年後見人の身上配慮義務の趣旨(民法858条)などを理由として、同居をしている夫婦の一方が認知症などにより自立した生活ができない場合には、特段の理由がない限りもう一方の配偶者が認知症患者に対する法定の監督義務者に該当すると考えるのが相当としたからです。そして、Aさんの妻は要介護1の認定は受けていたとはいえ、監督義務者としての地位を否定する特段の理由はないとしたのでした。

 

4 最高裁判決の内容

以上の下級審判決に対して、最高裁は、妻と長男両方についてJR東海への損害賠償義務を否定しました。

(1)最高裁は、妻・長男の監督義務者の地位を否定した

まず、最高裁は、下級審と異なり、妻についてもAさんに対する監督義務者の地位になかったと判断しました。

事故当時の精神保健福祉法や、民法上の成年後見人の身上配慮義務は、現実の介護や認知症患者に対する行動監督までは求めていないし、夫婦の協力扶助義務は抽象的な夫婦間の義務であって、第三者との関係で配偶者として何かしなければならないものではないとしたのです。つまり、関係法令にいう「配偶者の義務」は認知症患者(責任無能力者)に代わって第三者に損害賠償すべき「法定の監督義務」には直結しないと判断したのです。

 

(2)「法定の監督義務者と同視できる者」は賠償義務を負う可能性も!

重要なのはここからです。

本件において最高裁は、法定の監督義務者に当たらない場合でも、具体的な事情の下で「認知症患者の第三者に対する加害行為の防止に向けた監督を行って、その監督を引き受けたと認められる者については、法定の監督義務者と同視することができる。」、という考え方を打ち出して、Aさんの妻がこの「法定の監督義務者と同視できる者」としての責任の有無についてさらに検討を加えています。

そして、最高裁は、法定の監督義務者と同視するためには、「認知症患者を実際に監督している」もしくは「監督することが可能かつ容易」であるなど、「公平の観点から認知症患者の行為に対する責任を問うのが相当といえる状況にある」といえることが必要、という基準を示しました。

 

本件では、妻自身も85歳と高齢なうえ要介護1の認定を受けており、長男の補助を受けて介護していた、という事実を認定して、Aさんの第三者に対する加害行為の防止に向けた監督を行って、その監督を引き受けたと認められる者ということはできず、法定の監督義務者と同視できないと判断しました。

また、長男についても、Aさんと同居しておらず接触も少なかったとしてやはり法定の監督義務者とは同視できないと判断しました。

 

5 最高裁判決の注意点

今回の最高裁の判断は、認知症患者を介護する家族らの現実を踏まえたもので、妥当なものではないかと思います。

但し、この判決の結論が、今後発生するかもしれない認知症患者による加害事故にすべて直ちに当てはまるわけではないという点には十分に注意が必要です。

仮に本件で、妻がもっと年齢も若くて元気で、要介護認定も受けておらず、密接にAさんの介護を行っていた場合、法定の監督義務者と同視されていた可能性があり、全額の損害賠償責任が認められていた可能性があります。

二世帯住宅を作って、息子家族が認知症の親を介護しながら生活しているというパターンは日本のあらゆるところで存在しています。このような場合には、最高裁判決に立ったとしても、息子夫婦が監督義務者と同視されて損害賠償請求されてしまうということだって考えられるのです。

今回の最高裁判決では、具体的にどこまで監督していれば監督責任を免れるかについてまでは判断していません。

冒頭で述べたように、これからますます認知症患者が増え、第三者に対する加害事故も増加する可能性がある中、こうした問題にどのように対処すべきか、家族だけでなく社会全体として議論して早急に対処していく必要があるでしょう。

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