労働条件の不利益変更

労働条件の不利益変更

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労働条件の不利益変更

人事処遇制度の見直しや人件費の削減は、企業の人事担当者にとって重要な課題です。
しかし、法的には、労働条件を従業員に不利益に変更することは限定された場合にしか認められず、これを知らずに安易に労働条件の切下げを行ってしまうと、大きな問題に発展するおそれがあります。

以下、不利益変更を行おうとする際の留意点とその対策について述べます。

1 不利益変更の基本的な手続きの進め方

労働条件とは、雇用者と労働者との間に既に成立した労働契約の内容となるものですから、これを任意に理由もなく変更することはできません。
では、有効に労働条件を変更するにはどのような方法があるのでしょうか。これを、大まかにまとめると、

①従業員個人や労働組合の合意(労働協約の締結)を得て変更する方法
②就業規則による一方的変更(変更に合理性がある場合に限る)
があります。

労働契約も契約ですから、原則的には契約当事者(契約当事者が所属する労働組合を含む)の合意によってその内容を変更することができます。そこで、①のように労働条件の変更について対象となる従業員等の合意が得られれば、原則不利益変更も有効となります。したがって、企業としては、まずは従業員等に対し十分な説明・協議を行い、合意を得ることに尽力すべきです。

しかし、どうしても合意が得られない場合は、②のように就業規則を変更することにより労働条件の変更を行うしかありません。ただし、この場合は当該変更に合理性が認められる場合のみ不利益変更に拘束力が生じます。

<図表1>をご覧ください。

2 個別的合意と包括的合意について

(1)個別的合意による変更

合意により有効に労働条件を変更する具体的方法として、まず、変更の適用を受ける従業員全員に個別に合意を得る方法があります。

なお、個別の合意を得た場合でも、従来の労働条件について定める就業規則をそのまま放置すると、労働基準法93条「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。」との規定により、当該変更に関する合意は無効となってしまいます。

個別の合意を得た際は、変更した部分の就業規則を必ず改訂するよう留意しましょう。

(2)包括的合意による変更

社内に労働組合がある場合、組合との間で変更措置に合意する労働協約を締結すれば、当該組合の組合員については、原則として個別の同意なくして労働条件の変更を行うことができます。

労働条件の変更の対象となる従業員が多数にわたる場合には、個別的合意に比べ、その処理に費やすエネルギーを大幅に削減することができます。

労働協約締結の際には以下のような注意点があります。

①効力が及ぶのは原則として組合員のみ
組合との労働協約によって不利益変更が有効となるのは、基本的にはあくまでも「組合員」との間であり、非組合員には影響しません。よって、非組合員に効力を及ぼすには当該非組合員の個別の合意を得ることが必要です。

もっとも、例外的に、組合の組織率が当該事業場の4分の3以上を占める場合には、組合との間に成立した労働協約は、当該事業場に使用される他の同種の労働者にも適用されるものとされています(労働組合法17条)。但し、これは社内の他の少数労働組合の組合員には適用されないとされていますので注意が必要です。

②組合員でも効力が及ばない場合がある
労働協約が締結された場合でも、特定又は一部の組合員を殊更に不利益に扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結された場合は、労働協約の効力は否定されます。(最高裁判所平成9年3月27日判決)

したがって、一部の組合員が犠牲となるような変更については、当該組合員の意見を聴取して不利益を緩和するよう努めた上で労働協約を締結すべきです。

3 従業員への上手な説明の仕方

個別的合意を得る際にも、労働協約を締結する際にも、従業員や労働組合に対して十分な説明を行い、理解を得ることが重要です。

当該変更の具体的内容を正確に伝えることはもちろん、会社の経営状況の悪化など当該変更が必要である実質的理由について特に詳しく説明し、理解を得るよう心がけましょう。また、従業員への不利益が大きい変更の場合は、代償措置を用意し、これを提案・協議する形で交渉を進めるのが良いでしょう。

従業員や労働組合の抵抗が強いほど威圧的な態度に出たり解雇をちらつかせたりする企業がありますが、このような方法で合意を得ても、この合意は無効となったり詐欺、強迫を理由として取り消されたりするリスクを孕むものとなります。

特に問題となるのは、動機の錯誤(意思決定の動機形成の過程に誤解があること)です。すなわち、合意した従業員が、会社提案の労働条件に合意しなければ従業員としての地位を失うと誤信してこれに合意したと主張した場合、裁判所において当該合意は無効と判断される可能性があるのです(民法95条)。

そこで、錯誤を主張されないためにも、従業員に変更の意義、目的、必要性等について、丁寧かつ正確に説明を行うとともに、誤解を生ずる発言や威圧的態度は避け、客観的に自由な意思で合意したと推定される状況を築いておくことが重要です。

4 合意書の必要性と効力

(1)労働協約の場合

労働組合との間で合意に至った場合は労働協約を締結しますが、これは書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによって初めてその効力を生じます(労働組合法14条)。合意書作成が効力発生の要件となっていますので、忘れずに書面を作成しましょう。

(2)個別的合意の場合

労働協約の場合と異なり、各従業員との個別的合意の場合には、特段、書面によることとする法律上の要請はありません。

しかし、当該従業員が「そのような合意はしていない」と主張した場合、企業側が従業員の同意の存在を証明することができなければ、合意はなかったと判断されてしまいます。よって、個別的合意の場合にも必ず従業員の同意書を作成しましょう。

また、個別的合意の場合には無効や取消を主張されるリスクも高いことから、図表2のように同意書の中に十分な説明を受けこれを理解したことを盛り込むとよいでしょう。
<図表2>

5 就業規則の変更による場合

個別的合意や労働協約による合意が得られない場合、まずは本当に当該変更が企業にとって必要不可欠なものか再度検討すべきです。なぜなら、これを強行した場合、無効と判断されるリスクは格段に高くなるからです。
しかし、再検討した結果、やはり実施せざるを得ないものであるならば、就業規則を変更することにより労働条件の変更を行います。

就業規則の変更の際には、以下の事項に留意が必要です。

(1)手続面での注意事項

労働基準法上、就業規則の作成・変更には複数の手続的規定が定められていますのでこれを遵守しましょう
(図表3参照)。

(2)内容面での注意事項

①法令・労働協約に違反していないか
就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならないとされています(労働基準法92条1項)。そこで、変更後の内容が法令や労働協約に反するものとなっていないか確認が必要です。

予定していた変更後の就業規則と労働協約とが反するときは、当該労働協約に有効期間の定めのある場合は労働協約の有効期間の満了を待って就業規則の変更を行い、有効期間の定めのない場合は労働協約を少なくとも90日前の文書による予告をもって解約し(労働組合法15条3項4項)、その後就業規則の変更を行うこととなります。

②当該変更に合理性があるか 
判例上、就業規則により一方的に労働者の労働条件を不利益に変更することができるのは、「労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである」場合(最高裁判所昭和63年2月16日判決)に限るものとされています。

どのような場合に「合理性」があるかについては、「労働者の受ける不利益性」と「使用者側の変更の必要性」とが総合的に判断されています。

具体的には図表3のような要素により判断されていますが、当該変更により労働者に与える不利益が大きければ大きいほど、変更の必要性が高く、また、代償措置を整備した等などの合理性を基礎付ける事情がなければ、当該変更は無効とされるおそれが高いと考えてよいでしょう。
<図表4 判例における「合理性」の判断要素><図表5 判例の比較>

6 ケース別のトラブル防止のポイント

(1)退職金の廃止、減額変更

賃金、退職金などの特に重要な権利、労働条件の不利益変更にあたっては、その合理性は特に厳しく判断され、「そのような不利益を労働者に法的に受任させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理性」がある場合に限り、労働者に対する拘束力を有するとされています(最高裁判所昭和63年2月16日判決)。

また、退職金算定の基礎となる就労期間を打ち止めとした事案の判例では、従業員に不利益を一方的に課すものであるにもかかわらず使用者はその代償となる労働条件を何ら提供しておらず、合理的なものとは言えないなどとして当該措置は無効と判示されています(最高裁判所昭和58年7月15日判決)。

以上のように、一方的な退職金制度の廃止や減額に合理性が認められることは困難です。企業としては、従業員や労働組合に対し制度廃止の必要性を説明して、何とか合意を得た上で制度廃止を行うよう尽力し、それでもやむを得ない場合には少額の減額にとどめる、代償措置を講じるなどの不利益緩和に努めるべきです。

(2)通勤手当や食事手当の不支給又は減額

通勤手当や食事手当が「賃金」にあたるかにつき、賃金とは、「賃金、給料、手当、賞与その他の名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」とされ(労働基準法11条)。「労働の対償」とは、原則として、①任意的・恩恵的給付(慶弔見舞金等)②福利厚生給付(貸金貸付等)③企業設備・業務費(作業用品の購入費等)以外のものであると考えられています。

もっとも、一見上記①~③にあたるように見える場合でも、就業規則、給与規定等により、あらかじめ支給条件や支給義務が明らかにされている場合には、賃金に該当するとされることがあります。

通勤手当や食事手当については、本来労働者が負担するもので③企業設備・業務費にはあたらず、また、企業において、何らかの社内規定により支給基準が定められていることが多いため、変更に際しては基本的に賃金の引下げと同様に合理性が求められます。

この点、通勤手当を実費金額支給から上限を設定して減額した事案につき、人件費削減の必要性は肯定できるが、手当の額は使用者にとっては大きな金額ではなく、人件費削減にはさほど貢献しない反面、労働者にとっては実費を含む上、少なくない金額であるなどとして、通勤手当の減額を無効と判断した裁判例(大阪地方裁判所平成12年8月25日判決)もあります。

もっとも、多くの場合、諸手当の引下げは基本給の引下げに比べて従業員の不利益が少ないと考えられますので、引下げ幅が少額で、一時的な引下げにとどまるなど合理性を基礎づける事情が多くあれば、従業員等の同意なくしてこれを行うことも可能であると考えられます。

(3)制服を会社支給から従業員の自前もしくは一部負担への変更

制服、作業服、作業用品の購入費用などは③企業設備・業務費にあたりますので、通常「賃金」には該当しません。
そこで、就業規則等に支給に関する定めがない場合には、従業員等の同意を得ずして会社支給から従業員の自前もしくは一部負担にすることも、より広く認められるでしょう。

(4)財形支援(利子補給など)の廃止もしくは縮小

利子補給金等の財形支援は任意的・恩恵的給付の側面を有しますので、原則として賃金に該当しない場合が多いものと思われます。
よって、従業員の同意を得ずとも変更が認められやすいと考えられます。

7 不利益変更を強行した場合のリスクとデメリット

労働協約や個人の合意を経ずに不利益変更を強行した場合、これに反発する従業員により当該変更措置の無効を確認する訴訟が提起されるおそれがあります。そして、裁判所において、当該変更に合理性なしと判断されると、当該変更は無効となり、ます。

その場合、無効と判断される程の不合理な労働条件を一方的に従業員に押しつけたと認識されることによる会社への不信感の増大や企業内の士気の低下、ブランド価値の悪化というリスクは図りしれません。労働条件の不利益変更をめぐる事件については、裁判所の判断が数多く示されていますが、これがこの分野に関する紛争の多さを物語っています。

よって、実務的には、法的に有効か否かのみでなく、いかにして従業員の理解、納得を得た上で穏便に労働条件の変更を行えるかが重要なポイントです。企業としては、組合、従業員の真意による合意を得ることを一番に考え、不利益変更を強行することはできる限り避けるべきでしょう。

 

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