遺産の預貯金は親の死亡後すぐに払い戻せるの?

遺産の預貯金は親の死亡後すぐに払い戻せるの?

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【質問】

私の父は認知症になり、長男夫婦が面倒をみてきました。財産の管理などもすべて長男夫婦が行っていました。

父は、半年前に老衰で亡くなったのですが、その後、父の生前に長男夫婦が勝手に預金からお金を3000万円も引き出して長男夫婦家族の生活費や遊興費として使い込んでいたことが発覚しました。

弁護士に相談したところ、長男に対して損害賠償請求をすることができるということなのですが、着手金として60万円を請求されました。

私には、そんなお金はありません。

父の遺産の中には、銀行預金がまだ1000万あります。父の相続人は、私と長男の二人です。ですから、私はこの1000万円の半分の500万円については相続権があると思いますので、このお金を銀行預金から引き出して、弁護士への着手金にしたいと思っています。

そのようなことはできるのでしょうか?

 

【回答】

1 相談者の損害賠償請求と弁護士の着手金額

すでにこのコーナーで、認知症に罹患して意思能力を失ってしまった方の財産管理をしている者が、勝手に認知症患者の預金からお金を引き出して自分のために費消した場合の法律関係については何回か説明させていただきましたね。

 

今回の事例でいえば、長男は父の銀行口座から3000万円を自分たち家族のために費消してしまったわけですから、父は長男に対して3000万円の損害賠償請求権を取得しています。損害賠償請求権は、金銭債権で可分債権ですので、遺産分割の対象とされることはなく、相続と同時に当然に法定相続分にしたがって分割されることになります。したがって、長男と相談者が、父が長男に対して有していた3000万円の損害賠償請求権を2分の1ずつの割合(1500万円ずつ)で相続することになります。

 

それでは、相談者が弁護士に、長男に対する1500万円の回収を依頼する場合の弁護士費用は通常どのくらいかかるでしょうか?

弁護士の費用は、各法律事務所において原則として自由に設定できるようになっています。ただ、着手金報酬金制度によることが通常で、経済的利益額(本件でいえば相手方への請求額)が300万円から3000万円までであれば、その5%+9万円が着手金とされることが多いでしょう(ちなみに事件解決時の報酬は現実に得られた経済的利益額の10%+18万円とされることが多いです。)。

 

本件でいうと、1500万円×5%+9万円=84万円が着手金額ということになりますから、依頼した弁護士からの着手金請求額が60万円ということでしたら、通常の場合よりも少し割安だったということになるでしょう。

 

2 銀行預金から着手金額を引き出せるか?

それでは、相談者は、遺産となっている1000万円の銀行預金から着手金額を引き出して使用することはできるのでしょうか。ここからが今回のメインテーマです。

預貯金と遺産分割については、これまでは平成16年4月20日の最高裁判決などで、預貯金も金銭債権であり可分債権なので、被相続人の死亡により、相続人らに当然に分割されることになり、遺産分割の対象にならないとされてきました。先ほど述べた損害賠償請求権の相続と同様に解されてきたのです。

この判例法理に従えば、銀行預金も相続(父の死亡)によって当然に分割されることとなり、相談者は銀行に対して、自分の相続分に相当する500万円の引き出しを請求することができることになります。

 

ところが、それが昨年平成28年12月19日の最高裁判決によって判例が変更されることになりました。

最高裁大法廷は、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」と判断しました。

その理由の主要なものは以下の2点です。

(1)「遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とするのが望ましく、また、遺産分割手続を行なう実務上の観点からは、現金のように評価についての不確定要素が少なく、具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在する。…具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点において…預貯金が現金に近いものとして想起される。」

(2)「普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属する…ところ、…上記各債権は口座において管理されており、預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動しうるものとして、存在し、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。」

 

上述した損害賠償請求権も預金債権も金銭債権としては同じなのですが、預貯金契約については、その契約上の地位を準共有するものとして遺産分割の対象とされることになり、当然に分割されるものではないとされることになったわけです。

このように最高裁判例が変更された以上、相談者は、長男と遺産分割協議をして合意しない限り、遺産である銀行預金から500万円を引き出して弁護士の着手金に充てるということができないということになります。

 

 

3 最高裁判例の実務に与える影響

まず、現在、民法の親族相続法の改正作業が進められておりますが、今回の最高裁判例の変更により、民法改正の際にもこの判例法理にしたがって内容が確定されていくものと考えられます。

また、従前の最高裁判決の下では、家庭裁判所の実務としては、相続人の全員の同意があったときのみ、預貯金を遺産分割の対象とすることができたのですが、今後は、相続人の同意の有無にかかわらず、遺産分割の対象となることとなります。これは遺産分割の対象が広がることになりますので、相続人間の公平な分割のためには、選択肢が広がることになり、望ましいことと評価できます。しかし、遺産が預貯金のみの場合には、従前なら、各相続人が法定相続分に応じて金融機関から払戻しを受ければ、相続が終了していた場合にも、これからは、遺産分割手続が必須となって煩瑣となるという弊害もでてくるでしょう。

さらに、相続税の申告期限は、相続開始を知ったときから10か月であり、かつ、相続税納期限ともなっています。実際上、10か月以内に遺産分割協議等ができていないと、相続税納税資金の手当てができず、相続税が納付できないというおそれもでてきます。

今後は預貯金について、早期の現金化を可能としたいのなら、遺言書に誰がどの預貯金を取得するのかを明記しておいて、遺言執行として預貯金からの払い戻しができるようにしておくとか、遺言代用信託の設定をするなどの工夫が必要となるでしょう。

また、特に簡便で有用なのは生命保険の活用だと思います。たとえば本件でも、父親が認知症になる前に生命保険契約を締結して、相談者を受取人にしておいてくれれば、相続発生後にすぐに生命保険金を受け取って、弁護士に着手金の支払いもすることができたはずです。生命保険営業をされていらっしゃる皆さんが人びとに役に立てる出番だと思います。そういうことも今後検討していただけたらと思います。

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