特別受益・・・相続の現場で現実に起こっている熾烈な問題とは!(その1)

特別受益・・・相続の現場で現実に起こっている熾烈な問題とは!(その1)

タイトル

 

【ご相談】

父Aは、先日、2000万円の財産を残して死亡しました。父Aには、妻B、長男である私Cの相続人がおります。

父Aは、小さな会社を経営しており、20年ほど前に、この会社が経営危機に陥ったことから、私も会社経営に参加することになりました。当時、債務超過で株価もゼロだったので、全株を父Aが私Cに贈与してくれました。そして、その後は、私も猛然と経営改善に邁進し、お陰様でV字回復することができ、父Aが亡くなったときの株式価値は5000万円相当となっておりました。

父Aは、この5年間は認知症を患っていましたが、私Cに対しては、「お前は本当によくやってくれた。これからも会社のことをよろしく頼む。」とよく言ってくれていました。

また、父Aは、まだ40代の元気だったころに、母Bを受取人とする生命保険に加入していたので、母Bには早速、保険会社から3000万円の保険金が支払われました。

このような状況において、妻B、私Cは、どのように遺産分割をすればよろしいでしょうか?

1 はじめに

今回と次回は、遺産分割の際に特別受益をどのように考慮するかという問題をご紹介します。

今回はその1として、

  • 株式などのように価値が変化する場合に、特別受益の評価額の算定は、贈与時と相続開始時のどちらを基準時とすべきか。
  • 生命保険の受取金は特別受益なのか。

ということを勉強しましょう。

 

これらについて検討する前提として、特別受益とは何なのか、そのように算定するのかについて復習していきましょう。

 

2 特別受益とは何か?

(1) 制度趣旨

共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受けたり、贈与を受けたりした者がいる場合、この者が他の相続人と同じ相続分を受けられるとすれば不公平になります。

そこで、民法では、共同相続人間の公平を図ることを目的として、特別受益分(贈与や遺贈分)を相続財産に持ち戻して計算し、各相続人の相続分を算定することにしています。

 

(2)特別受益が認められる場合の計算方法

ア 被相続人が死亡し、共同相続人が相続する場合に、共同相続人中のある者が、

  • 遺贈を受けた
  • 被相続人の生前に結婚や養子縁組の為に財産の贈与を受けた
  • 住宅資金など、生計の資本としての贈与を受けた

ときは、被相続人が死亡時に持っていた財産に特別受益者が生前もらった財産の価格を加え、その合計額を「相続財産」とみなし(これを「みなし相続財産」といいます。)、これをもとにして各相続人の一応の相続分を計算します。

イ 特別利益者の相続分については、この一応の相続分から上記ア①~③の特別受益分を「差し引いた残額」が、その特別受益者の具体的相続分となります。

ウ イで計算した額がゼロかマイナスになったときは、特別受益者は相続分を受け取ることができず、具体的相続分はゼロとなります。

エ 被相続人が、「特別受益者には上記ア①②③のような財産を与えたけれども、それは別として、残った財産を各々の相続分により相続させる」といったような持ち戻し免除の意思表示をしたときは、各相続人の遺留分を侵害しない範囲内で、その意思表示は有効となります。

 

3 特別受益額の評価基準時は贈与時か、相続開始時か?

相談者の長男Cは、20年ほど前に会社が経営危機に陥ったことから、会社経営に参加することになり、全株(債務超過で株価はゼロ)を父Aから相談者Cに贈与されたということです。

この贈与された株式が特別受益に該当することは争いないでしょう。問題は、その後、相談者Cが猛然と経営改善に邁進してV字回復を果たし、父Aが死亡したときの株式価値は5000万円相当となっていたという点です。つまり、相談者の長男Cの特別受益額は贈与時を基準としてゼロ円と評価すべきか、それとも相続開始時の5000万円と評価すべきかということです。

この点について、東京家庭裁判所昭和33年7月4日審判は、「903条による相続分の計算は相続開始当時の価額により計算し、この相続分の割合により分割対象の遺産を分割時の評価額により分割すべきものである。」としています。

したがって、本件の場合には、原則として、相談者の長男Cが得た特別受益額は相続開始時の5000万円と評価すべきということになります。

ご相談者の長男Cとしては、自分が父Aから株式の贈与を受けたときには資産価値はゼロだったものを、ご相談者Cの力で5000万円の価値にまで高めたにもかかわらず、相続の段階になると5000万円の価値のある株式の贈与を受けていたと評価されて、相続財産に持ち戻されることになってしまい、まさに踏んだり蹴ったりな結論となってしまいます。

このようなことを避けるためには、価値がゼロだから贈与にするというのではなく、多少の価値をつけて、売買契約を締結すれば、そもそも特別受益ではないことになりますからこのような不当な結論を避けることができます。また、贈与を受けるとしても、父Aから持戻し免除の意思表示を受けて、その旨の記載のある書面を受領しておくことが重要でしょう。

現実の相続の場面では、単純に贈与されただけだったり、持戻し免除の意思表示があったことを証明する書面がないことがほとんどです。このような場合には、持戻し免除の意思表示があったことを推定させるような諸事情を証拠として提出して、持戻し免除の意思表示が存在したことを証明していくことになります。相談者Cの場合には、父Aは「お前は本当によくやってくれた。これからも会社のことをよろしく頼む。」と言ってくれていたのであり、その意思の背後には、持戻し免除の意思表示が認められることは明らかであるというようなことを主張立証することになるのですが、これはなかなか認められるものではなく困難を極めるというのが現実です。特に、父Aは亡くなる5年ほど前から認知症になっていたのですから、意思能力の点からも認められることは困難でしょう。

 

4 生命保険金の受領は特別受益か?

母Bは、父Aがかけておいてくれた生命保険契約に基づき、保険金3000万円を受領しております。この生命保険金は、特別受益といえるでしょうか?

この点について、最高裁判所決定平成16年10月29日は、「保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金は、民法903条1項(特別受益者の相続分)に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。」とし、「保険金受取人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情がある場合には、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて「持ち戻しの対象となる」と解するのが相当である。」としています。

そして、「特段の事情」の有無は、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなど、各相続人と被相続人との関係や各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合的に考慮して判断されます。

たとえば、東京高裁平成17年10月27日決定によれば、保険金額が総相続財産の約99.9%の場合には、持戻しの対象となるとされ、大阪家裁堺支部平成18年3月22日審判によれば、保険金額が総相続財産の約6.1%の場合には、持戻しの対象とならないとされています。

 

5 本件で生命保険の受取金はどのように評価されるか?

本件の場合、父Aが遺した財産は2000万円で、相談者Cの株式価値5000万円が相続財産に持ち戻されることになります。生命保険金は3000万円ですから、生命保険金が全体に対して占める割合は、3000万÷(2000万+5000万+

3000万)×100=30%となり、保険金受取人である妻Bと共同相続人Cとの間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいもの評価すべき特段の事情があるとはいえないでしょうから、この保険金は持ち戻しの対象とはされないということになるものと解されます。

一方、仮に株式の贈与について、相談者Cが、父Aから持ち戻しの免除の意思表示を受けていたことの証明に成功した場合はどうでしょうか?

この場合は、生命保険の全体に対して占める割合は、3000万÷(2000万+3000万)=60%となります。そうなってくると、場合によっては著しい不均衡があると評価されることもあり得るでしょう。

 

6 本件の結論

本件の場合、原則的には、株式5000万円分は持ち戻しの対象となり、生命保険は持ち戻しの対象にならないものと思われます。

そうなりますと、父Aが遺した2000万円に株式5000万円分が持ち戻されることになり、みなし相続財産は、2000万+5000万=7000万となります。

妻Bと長男Cの法定相続分は2分の1ですから、一応の相続分はそれぞれ3500万円ということになります。そして、長男Cはすでに5000万円の生前贈与を受けていて一応の相続分を超過しているので具体的相続分はゼロ、妻Bの具体的相続分は2000万円となります(もちろん妻Bはその他に相続とは無関係に生命保険金3000万円を取得することができます。)。

仮に、長男Cが株式について持戻し免除の意思表示があったことを証明でき、妻Bの生命保険が特別受益に該当するとして持戻し免除の対象とされた場合はどうでしょうか?

この場合には、父Aが遺した2000万円に生命保険金3000万円が持ち戻されることになり、みなし相続財産は、2000万+3000万=5000万となります。妻Bと長男Cの一応の相続分は、それぞれ2500万円です。妻Bはすでに特別受益として生命保険金3000万円を受領しており、一応の相続分を超過していますから具体的相続分はゼロ、長男Cは具体的相続分として2000万円を取得するということになります(もちろん、株式は持ち戻し免除されていますから、そのまま保有していて大丈夫です。)。

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