終末を考える際の対策

終末を考える際の対策

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【ご相談】

私は、現在70歳の男性で、妻(63歳)と二人暮らしをしています。息子(40歳)と娘(36歳)がおり、それぞれ子供が二人おります。

私はこれまで会社を経営してきており、相当な資産も築きました。まだまだ元気でいるつもりですが、いつ認知症になるかもわかりません。聞くところによると、法定後見や任意後見という制度もあるそうですが、どうやら使い勝手もわるいらしいのです。

私は仮に認知症になったとしても、私の財産は、私の生前のうちから、妻や息子娘、そしてかわいい孫達のために有効に使ってもらいたいと思っており、私が死ぬときには、葬式代程度が残っていれば十分と思っています。

このように終末を考えている場合、私はどのような対策をしておけば良いのでしょうか?

1 本日のテーマ

前回は、認知症になったとしても、後見人を選任すれば、財産管理をしてもらえるし、被後見人が自分の財産を費消してしまうようなことがあっても、後見人がその法律行為をを取り消すことによって、財産の保全を図ることができるということをお話ししました。そして、任意後見制度を利用すれば、自分が「この人」と思う人に認知症になった後の財産管理を託することができることになるということをお話ししました。

しかし、このような法定後見制度や、任意後見制度には大きな問題もあります。今回は、後見制度の限界についてお話ししましょう。

 

2 後見制度の限界事例の紹介

私は現在、何人かのお年寄りの後見人に就任しているのですが、後見制度の使い勝手が悪くて、対処に困ることがあります。

その事案をご紹介しましょう。

私が後見人に就任しているおばあちゃまには、二人の子供がおり、いずれも40代で、子育て真っ最中です。教育費にもお金がかかり、マンションのローンも残っています。おばあちゃまには、一生使いきれないくらいの相当な資産があります。子供達としては、なんとか子供達の教育資金のために、おばあちゃまの資産からいくばくかでも出してもらえないかと思っています。後見人の私のところにもよく二人の子供がお金を出してもらえないかと依頼しにやってきます。おばあちゃまも認知症になる前は、自分の資産はぜひ子供達や孫たちのために使ってもらいたいと思っていたと考えられる事案です。でも、後見人の職務は、被後見人であるおばあちゃまの資産をできる限り保全することにありますから、後見人の私としては、原則として子供達やお孫さんさんたちのために支出することができないのです。これはおばあちゃまの本意ではなく、大変残念なことだと思わざるを得ません。

もう一つの事例。私は、ある姉妹のお姉さまの方の後見人になっており、私が財産管理を行い、妹さんが熱心に介護をしてきたという事案があります。このお姉さまには、大変な資産があり、高級高齢者施設に入居して生活しておりましたが、妹さんさんには資産がほとんどなくアパート暮らしでした。いつしか、妹さんも認知症になったのですが、妹さんには、子供もおらず、介護してくれる人がいません。市の担当者から、私の方に連絡があり、何とかお姉さまの資産から福祉施設に入るだけのお金を出してもらえないかと依頼されました。お姉さまには妹さんに対する扶養義務もありますから、私は、裁判所とも打ち合わせをしつつ、お姉さまのすべての推定相続人の承諾をとって、お姉さまと同じ高齢者施設に入居する費用を支出することにしました。推定相続人の承諾をとる作業は本当に骨が折れることで大変な労力がかかりました。

このように、現在の後見制度は、単に本人の資産の保護し、紛争を防止することに傾き過ぎてしまっていて、被後見人とその親族の思いを実現できない設計、あるいは親族全体のために財産を使用することができない設計となっていて、非常に使い勝手が悪いのです。

 

3 救世主の家族信託制度

さて、それでは、こうした場合にはどうしたら良いのしょうか?

ここに登場するのが、皆様もお馴染みの河合保弘先生がご専門とされている家族信託です。河合先生には負けますが、私の立場からも少しお話しさせてください。

「信託」というのは、財産管理制度の1つでして、委託者(財産を持っている人)が信託行為(信託契約・遺言等)によって、受託者(財産を託する信頼できる人)に、財産の管理処分権限を移転し、一定の目的(信託目的)に従って、受益者(財産の運用によって利益を受ける人)のために、その財産(信託財産)を管理・処分する法律関係のことをいいます。信託報酬を得るために受託者が営業として行う信託のことを商事信託というのですが、そのような営利を目的としない信託のことを「民事信託」いいます。その「民事信託」の中でも、受託者として、家族等に財産管理を任せる形を「家族信託」と呼んでいます。

後見制度と民事信託の一番大きな違いは何かというと、民事信託の場合には、所有権その他の物権や債権に対する管理処分権限が、委託者から受託者に移転するという点にあります。そして、管理処分権限を取得した受託者が信託目的にしたがって、受益者のために委託を受けた財産を使用するというところに特徴があります。

法定後見はもちろん任意後見の場合には、財産に対する権限は、被後見人に帰属したままで、法定後見人や任意後見人は、被後見人の利益のために当該財産を管理する責任を負うに過ぎないので、その裁量の範囲は非常に狭いことになります。

しかし、家族信託の場合には、信託契約を締結して、財産に対する管理処分権限を、受託者に移転してしまって、その財産を受益者の利益のためにどのように使うかを定めておけば、自分の希望する財産管理や資産の承継先を託すことができることになり、委託者の意思や希望を最大限生かすことができ、極めて柔軟な対応をすることができることになるのです。

上述の一つ目の事例で、もしおばあちゃまが認知症になる前に、たとえば長男と信託契約を締結して、自分の財産を長男に移転し、自分が認知症になった後も、自分の子供や孫達のために財産を使用することができるように定めておけば、もっとみんなが幸せな生活を送ることができたでしょう。また、二つ目の事例でも、お金持ちのお姉様が、認知症になる前に、誰か信頼できる人と信託契約を締結して、将来的に愛する妹が認知症等になって介護が必要となった場合には、妹のために自分の財産を使用するようにしておけば、よりスムースに妹さんを高齢者施設に入居させることができたでしょう。

 

4 家族信託の注意点

このように有用な家族信託ですが、一点、注意点があります。それは、現段階で信託契約は締結しておくけれど、委託者(老親)が元気なうちは、自分の財産は受託者(長男など)に移転させず、将来、認知症になった段階で、信託の効力を発生させたいという場合(条件付信託契約)です。このようなニーズは結構ありますし、理屈上はそのような対応も可能でしょう。

しかし、このような場合、そもそも条件成就(判断応力の低下あるいは喪失)は、誰がどのように判断するのか、非常に難しいという問題があります。医師が認知症と判断した時点と考えることも一応は可能ですが、認知症にもさまざまな程度があり、その特定は困難です。また、医師に診断書の発行を依頼する時点もさまざま選択が可能となって恣意的な運用がなされる可能性もあります。

上述のとおり、信託は、効力発生後は、財産の管理処分権限は原則として受託者に移転し、委託者は、直接財産の処分行為等ができなくなるという重大な法律効果を発生させます。ですから、管理処分権限のある者が誰かが、客観的に明確である必要があるのです。法的紛争を惹起させないためにも、「判断応力の低下又は喪失を条件とする信託契約」は、差し控えた方が良いでしょう。

 

5 設問のご相談者へのご回答

以上から、設問のご相談者の場合には、ご相談者が判断能力が十分ある段階で、たとえば息子と信託契約を締結して、自分の財産に対する管理処分権限を息子に移転させて、当該財産は、自分と家族のために使用することができるように詳細に規定しておくということがもっとも有効であるということなると思います。

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