執行役員の労働者性について研究しました。

判例研究

執行役員の労働者性について研究しました。

令和4年5月25日(水)執行役員の労働者性について研究しました。

日時 令和4年5月25日(水)
場所 湊総合法律事務所
報告者 弁護士 横田 将宏
内容 執行役員の労働者性について研究しました。

「第394回判例・事例研究会」

テーマ:執行役員の労働者性について研究しました。
日時:令和4年5月25日
場所:湊総合法律事務所 第1会議室
報告者:弁護士 横田 将宏

「労働者」に当たるか否かは,使用者の指揮監督の下において労務を提供し,
使用者から労務に対する対償としての報酬が支払われる者であるかという観点
から,実態に即して実質的に判断するのが相当であるとの判断基準を示した例

判例

事件の表示 事 件 名 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
事件番号 東京地裁判決 平成21年(行ウ)第55号
判決日付 平成23年5月19日
掲 載 誌 労働判例1034号62頁
事件の概要 1⑴ B社は,建設機械の卸売販売を営む株式会社である。
⑵ Aは,B社において,一般従業員を退職して退職金を支払われた後,理事,取締役を経て執行役員となった者であるが,出張中に橋出血により死亡した。Aについては,理事・取締役・執行役員になってからも一般従業員であったときと同じ業務に従事し,勤務場所も同一であり,Aの担当していた業務は経営担当者が行うものというよりは一般従業員の管理職が行うようなものであり,Aは理事・取締役・執行役員として独自の権限を有してはいなかったことが認定された。
2⑴ 原告は,Aの妻であるが,Aの死亡についてB社における過重労働に起因するものであるとして,船橋労働基準監督署長(処分庁)に対し,労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づき遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたところ,Aは労働者とは認められないとして,これらを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けた。
⑵ 原告は,本件処分を不服として,千葉労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をした。同審査官は,同審査請求を棄却する旨の決定をした。
⑶ 原告は,労働保険審査会に対し,再審査請求をした。労働保険審査会は,同再審査請求を棄却する旨の裁決をした。
⑷ 原告は,本件処分の取消しを求め,本件訴えを提起した。
3争点は,Aが労災保険法上の労働者に当たるか,である。
判決主文 1 船橋労働基準監督署長が原告に対し平成18年3月20日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
判断過程(抜粋) (略)
第4 当裁判所の判断
1 労災保険法上の労働者の意義
労災保険法には,保険給付の対象となる労働者の意義について定めた規定はないが・・・
労災保険法上の労働者は労働基準法上の労働者と同一のものであると解するのが相当である。そして,労働基準法9条は,「この法律で『労働者』とは,職業の種類を問わず,事業又は事業所(…中略…)に使用される者で,賃金を支払われる者をいう。」と規定しており,同法11条は,「この法律で賃金とは,賃金,給料,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定していることを併せ考えると,労災保険法上の労働者とは,①使用者の指揮監督の下において労務を提供し,②使用者から労務に対する対償としての報酬が支払われる者をいうと解すべきであり,これに該当するかどうかは,実態に即して実質的に判断するのが相当である。
2 Aが使用者(B社)の指揮監督の下において労務を提供していた者に当たるかどうかについて
(1)認定事実
ア B社の組織構成等
(ア)執行役員制度の導入
b B社が執行役員制度の導入に際して制定した執行役員規程の主な規定内容は,以下のとおりである。
第8条(従業員の身分との関係)
従業員である者が執行役員に選任されたときは,前条の就任日の前日をもって従業員としての身分を失い退職とし,社員の「退職年金規程」により退職金を支給する。ただし,労働基準法,社会保険法その他法令の適用については各法律の定めるところによる。
第10条(任期)
1 執行役員の任期は2年とする。
(2項及び3項省略)
第12条(解任)
(1項省略)
2 解任された執行役員は,原則として従業員の地位を失うものとする。
第15条(執行業務)
1 取締役会は,選任した執行役員に対して,取締役会が決定する会社の業務の執行を委任する。
2 取締役会は,いつでも執行役員の執行業務の内容を変更また追加することができ,執行役員はこれに従うものとする。
3 社長は,執行役員の職務の執行を統括し,指揮監督するものとし,執行役員はこれに従うものとする。
4 取締役会及び各取締役は,執行役員の職務を監督する権利を有し,その責任を負う。
第22条(報酬等)
執行役員の報酬の額または賞与の額は,取締役会の決議による。
第23条(退職慰労金)
執行役員が会社を退職するときは,その業務上の功労により,別に定める「役員退職慰労金支給規程」に従って退職慰労金を支給する。
(ウ)B社の経営組織
b 経営会議
B社は,F1会長,L1社長,取締役,執行役員及び関係会社の責任者を構成員とする経営会議を設置していた。
c 取締役会
執行役員は,取締役会の構成員ではなく,取締役会に出席していない。
イ Aの業務内容,業務実態等
(ア)Aの死亡当時の業務内容,業務実態等
a 東京建設機械部部長としての業務内容等
Aは,東京建設機械部部長として,東京建設機械部の営業担当社員をまとめる立場にあり,従業員の労務管理のほか,建設機械の営業・販売業務(取引先,営業担当者及び大阪本社との打合せ等を含む。),書面の確認,決済業務等を行っていた。
b 建設機械本部本部長としての業務内容等
B社において,建設機械本部本部長の業務は,①建設機械本部の販売戦略,販売計画の策定,②建設機械部門の統括,③建設機械部門の営業予算及び経費予算の検討・管理,④販売網の整備強化,販売促進に関する企画・実施,⑤営業統計資料の作成・分析等とされていた。ただし,Aは,下記(a)のとおり,建設機械本部本部長として,大阪本社の会議に出席したり,経営計画案の策定に関与したりしていたものの,下記(b)のとおり,全国の取引先への挨拶回りや,個別案件における営業担当者の支援など,営業・販売業務としての性質を有する業務に従事しており,それは,Aが建設機械本部本部長として従事した業務の相当部分を占めていた。
c 執行役員としての業務内容等
Aは,執行役員として,経営会議に出席しており,また,経営計画委員会の委員として,その業務にも従事していた。しかしながら,Aは,上記業務のほか,建設機械本部本部長及び東京建設機械部部長(兼務)としての業務以外に,執行役員として独自の業務があったわけではなかった。
(イ)Aの勤務場所,勤務時間管理等
a Aは,B社において建設機械部門一筋に経歴を積み上げ,東京地区で勤務するようになってからは,東京建設機械部がある船橋営業所において勤務しており,Aが,理事,取締役及び執行役員に就任した以降においても,本件死亡までの間,その勤務場所は船橋営業所のままであった。
b Aは,・・・午前8時50分(ただし,東京建設機械部の朝礼がある場合は,午前8時)
に定時出社しており,出張等がある場合には,その前日に現地に移動して宿泊したり,当日に自宅から現地に直接移動したりしていた。
c B社は,就業規則により,従業員の所定労働時間について,午前8時50分から午後5時30分まで(休憩時間1時間)と定めて,週休2日制を採用していた。また,B社は,一般従業員の勤怠管理を出勤簿によって行い,出勤簿に一般従業員が署名するという管理方法をとっていた。Aについては,理事に就任して以降,出勤簿は作成されておらず,勤怠管理や労働時間の管理はされていなかった。
d 東京建設機械部では,社内LAN(営業支援システム)を利用して,各従業員が行動予定表に記入することにより,それぞれの行動予定等が管理されていた。なお,Aの行動予定については,事務職員が行動予定表に記入していた。
(2)検討
前提事実及び上記(1)の認定事実(以下,この項において単に「認定事実」という。)に基づき,AがB社の指揮監督の下において労務を提供していた者に当たるといえるかどうかを検討する。
イ Aの業務実態
(イ)理事就任後から本件死亡時までの間におけるAの業務実態についてAは,一般従業員であったときから,理事に就任し,次いで取締役に就任し,更に執行役員に就任したという一連の経過を通じて,その間に役職の異動はあったものの,船橋営業所を拠点として,一貫して,建設機械部門における一般従業員の管理職が行う営業・販売業務に従事してきたものであり,その業務実態に質的な変化はなかったものということができる。
ウ Aの業務に対する指揮監督
(ア)Aは,一般従業員から理事に就任し,その後取締役に就任し,更に執行委員に就任した経過の中で,上記イ(ア)で挙げた各役職に就いて一般従業員の管理職が行う営業・販売業務を一貫して行っており,当該業務を行うについて一般従業員であったときとは異なる特別の授権等を受けておらず,その業務実態に質的な変化がなかったこと(上記イ),Aは,・・・以下の取引について決裁権限を有していたものの,これらを超える取引については,大阪本社の決裁を得る必要があり,現に,大阪本社(F1会長,G1常務)から具体的な質問や指示を受けていたこと(認定事実ア(エ)c(b)及び同イ(ア)b(b)Ⅳ)からすると,これら一連の経過の中でAが行った建設機械部門における営業・販売業務についても,一般従業員として東京建設機械部部長等に就いていたときと同様に,B社からの指揮監督を受けていたものと解するのが相当である。
エ Aの執行役員としての業務等
(ア)B社の執行役員制度
b 執行役員規程8条本文は,「従業員である者が執行役員に選任されたときは,前条の就任日の前日をもって従業員としての身分を失い退職とし,社員の『退職年金規程』により退職金を支給する。」と定めている。しかしながら,他方において,同8条ただし書は,「ただし,労働基準法,社会保険法その他法令の適用については各法律の定めるところによる。」と定め,同12条2項は,「解任された執行役員は,原則として従業員の地位を失うものとする。」と定めており,これらの規定は,その内容に照らすと,執行役員が労働基準法等の法律における労働者である場合があること及び執行役員であっても従業員としての地位を有する者がいることを想定していると解することができるものである。したがって,執行役員規程8条本文の規定は,執行役員の経営担当者性を根拠付けるものということはできない。執行役員規程22条は,「執行役員の報酬の額または賞与の額は,取締役会の決議による。」と定め,同23条は,「執行役員が会社を退職するときは,その業務上の功労により,別に定める『役員退職慰労金支給規程』に従って退職慰労金を支給する。」と定めて,執行役員の報酬等の支給について従業員と異なる定めをしている。しかしながら,これらの規定も,執行役員と従業員とが区別して扱われることを示しているものにすぎず,執行役員の経営担当者性を当然に根拠付けるものではない。他に,執行役員規程中に,執行役員がB社の事業の経営担当者であることを認め得る規定はない。
(イ)執行役員としての業務内容等
a 経営会議への出席
(a)経営会議は,取締役において決議を行うべき事項について事前に協議する組織であるが,B社独自の組織であって,会社法に基づく意思決定機関ではないことは明らかである。そうすると,経営会議の構成員であることは,当然に経営担当者であることを裏付けるものということはできない。そして,執行役員が,取締役と異なり,法令上の責任を有しているわけではなく,執行役員規程においても,代表取締役社長による指揮監督並びに取締役及び取締役会の監督を受けるものとされていること(15条)を併せ考えると,執行役員が経営会議の構成員であることをもって経営担当者であると解することはできない。
(ウ)上記(ア)及び(イ)によれば,B社の執行役員は,その制度上の観点からは,事業主体の機関として法律上定められた業務執行権を有する者ということはできないし,また,Aが執行役員として経営会議に出席し,また,経営計画委員会の委員として活動していたからといって,経営担当者に当たるということもできない。
オ 以上によれば,Aは,業務実態等の観点からは,理事,取締役及び執行役員にそれぞれ就任していた間も,B社の指揮監督の下に,業務執行権の一部を分担してそれを遂行していた者ということができる。
3 Aが使用者(B社)から労務に対する対償としての報酬が支払われている者に当たるかどうかについて
(1)認定事実
ア Aに対する報酬の支払状況等
(ア)B社は,執行役員に対する報酬を取締役会の決議によって決定し,決定した額を給料の名目で支給している。執行役員に対する報酬の支払は,毎月基本給名目で定額のものが支給されるほか,賞与が年2回(夏期及び冬期)支給されていた(執行役員規程22条参照)。なお,取締役に対しては,役員報酬が支給されていた。
(エ)Aは,理事就任以降,その勤怠管理上の欠勤控除等をされたことはなく,時間外割増賃金の支給もされたことはない。
イ 社会保険料等の取扱い
(ア)B社は,毎月,Aに対し,社会保険料(健康保険,厚生年金,雇用保険)並びに所得税(源泉徴収)及び市町村税を控除して報酬を支給しており,その際,「給与支給明細書」を交付していた。なお,これら支給事務については,Aが理事に就任する以前から本件死亡までの間,特段の変更はなかった。
(イ)B社は,一般従業員であった者が理事ないし取締役となった場合,社会保険(雇用保険等)について特段の処理をすることはせず,常務取締役となった場合には,雇用保険の対象外とするという処理をしていた。
ウ B社は,Aの執行役員の退任に伴い,退職慰労金270万円,功労金100万円及び弔慰金100万円を支給した。なお,一般従業員が死亡退職した場合,退職金のほか,10年以上の勤続者である場合において弔慰金13万円を支給することとされていた。
(2)検討
上記(1)の認定事実(以下,この項において,単に「認定事実」という。)に基づき,AがB社から支給を受けていた報酬が労務に対する対償に当たるものといえるかどうかについて検討する。
ア 認定事実ア(ア)によれば,Aは,役員報酬ではなく,基本給名目で報酬の支払を受けていることが認められる。これは,執行役員に対する報酬について,取締役とは異なる報酬体系及び経理処理がとられていたことを示すものである。
ウ 支給される報酬額は,取締役会の決議によって定められているものの,決定額に基づき毎月定額の金額が賃金として支給され,その際,社会保険料の控除や源泉徴収がされて,これら内容を記載した給与明細書が交付されていることが認められる。この事実によれば,Aに対する報酬の支払は,経理処理上,B社の従業員に対する賃金支給として処理されていたものと推認される。
なお,Aの報酬については,時間外手当の支給や欠勤控除はされていない。しかしながらAの役職,業務内容,報酬額といった事情を勘案すれば,Aは,管理監督者と解され得る立場にあったということができるから,時間外手当の不支給等の事情は,重視すべきものとは解されない。
エ AがB社から支給を受けていた報酬は,労務に対する対償に当たるものと評価するのが相当である。
第5 結論
以上によれば,Aが労災保険法上の労働者に当たらないことを理由としてした本件処分は,違法があり,取消しを免れない。なお,本件死亡の業務起因性については,本件処分で判断されておらず,審査請求及び再審査請求においても判断されていない(再審査請求に対する裁決では,なお書きとして,本件死亡の業務起因性に関する労働保険審査会の意見が付されているにすぎない。)から,裁判所としては,上記の点についての判断はしない。よって,原告の請求には理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

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