日本版司法取引制度

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日本版司法取引制度

はじめに-日本版司法取引制度が施行されました-

平成28年5月24日に可決成立した刑事訴訟法等の一部を改正する法律により、いわゆる日本版司法取引制度が導入されることになり、平成30年6月1日に施行されました。
日本版司法取引制度で企業が留意すべき事項とはどのようなことなのでしょうか?

Q1 日本版司法取引制度というのはどのような制度なのですか?

A1
今般、改正法によって導入されることとなった我が国の司法取引制度は、検察官と被疑者・被告人が、弁護人の同意を条件に、被疑者・被告人が、「他人」の刑事事件について、捜査機関に一定の協力をすることと引換えに、検察官が、公訴の不提起や軽い求刑をすることを合意するという制度です(改正刑事訴訟法350条の2~350条の15。以下「日本版司法取引」といいます。)。
組織的な犯罪等における事案の全容解明に役立つ証拠を獲得することを目的とする制度で、一定の企業犯罪も対象とされていることから、企業活動にも大きな影響がある制度です。
米国の司法取引制度と異なり、「自己」の犯罪事実の捜査についての司法取引は利用できません。もっとも、「他人」の刑事事件には、被疑者・被告人が全く関係していない「他人」の刑事事件だけでなく、共犯者の刑事事件も含まれます。したがって、被疑者・被告人自身が関与した犯罪であったとしても、その共犯者に対する捜査・訴追に協力するのであれば、司法取引は成立し得ることになります。企業犯罪においては、複数の関係者が犯罪に関与することが多いため、多くの企業犯罪において、司法取引を行うことが可能となると考えられます。

Q2 日本版司法取引の対象となる犯罪はどのようなものがあるのですか?

A2
日本版司法取引の対象となる犯罪は、「特定犯罪」として、改正刑事訴訟法350条の2第2項に列挙されており、贈収賄や詐欺、横領等の刑法犯(1号)、組織犯罪関連法違反(2号)、租税に関する法律、独禁法、又は金商法の罪その他の「財政経済関係犯罪」として政令で定めるもの(3号)が挙げられています。とりわけ企業活動との関係では「財政経済関係犯罪」が重要となります。なお、「被疑者・被告人自身」の刑事事件の被疑事実と、被疑者・被告人が捜査に協力する「他人」の刑事事件の被疑事実の両方が特定犯罪に該当する必要があります。

財政経済関係犯罪 租税に関する法律の違反 法人税等のほ脱(脱税)等
独占禁止法違反 談合、カルテル等の不当な取引制限等
金融商品取引法違反 虚偽有価証券報告書等の提出(粉飾決算)、相場操縦、インサイダー取引、損失補てん等
その他政令で定めるもの ・以下の各法で定める罪

会社法、不正競争防止法、特許法、著作権法、特商法、銀行法、貸金業法、保険業法、民事再生法、会社更生法、破産法、犯罪収益移転防止法、資金決済法等

・刑法以外の特別法で定める贈収賄罪

Q3 日本版司法取引が具体的に適用される場面としてどのよなことが想定されますか?

A3
企業活動において日本版司法取引が適用される場面は、司法取引を行う「被疑者・被告人自身」、及び取引の対象となる「他人」をどのように設定するかによって様々なパターンが考えられますが、典型的な例としては、例えば以下のような事例を想定することができます。なお、両罰規定がある場合、実行者に加えて、会社自身も主体となり得ることに注意が必要です。
(1)贈収賄の両当事者、同一企業内の上司と部下
取締役Aと従業員Bが共謀して、公務員Cに贈賄した場合、取締役Aや従業員Bは、公務員Cの収賄罪の捜査に協力し、自らの訴追の免除や刑の減軽を求めることが考えられます。検察官は、公務員Cの検挙を目的として、取締役Aや従業員Bとの日本版司法取引に応じる可能性が相当程度あるといえます。また、検察官は、組織的犯罪における上位者を処罰することを目的として、下位者から上位者の関与を示す証拠を得ようとしますので、従業員Bが、自らの訴追の免除や刑の減軽を受けるため、取締役Aの捜査に協力することを申し出る場合、検察官が日本版司法取引に応じる可能性も相当程度あるといえます。

(2)会社と役員
D社の前代表取締役Eが、法人税額の税額を減少させるために、過大な損失を計上する等の不正行為を行った場合、D社(現代表取締役P)は、前代表取締役Eの法人税法違反の刑事事件の捜査に協力し、自らの訴追の免除や刑の減軽を求めることが考えられます。司法取引は、一般的には、組織内の下位者が、上位者の犯罪行為への関与の証拠の収集に協力する見返りに、自らの処分の軽減を受ける場合に用いられることが想定されていることからすると、本事例は、適用場面ではないように思われますが、会社が、前取締役の不正行為の責任追及の一環として、その捜査に協力するということは大いに考えられますし、また、首謀者である前取締役を検挙するという点で検察官にとってもメリットがあると考えられますから、日本版司法取引が成立する可能性はあるといえます。

(3)他企業間
F社とG社の担当者が互いに協力してカルテルを行った場合、E社が、日本版司法取引制度を利用してG社の刑事事件の捜査に協力し、自らの刑事責任の減免を図ることが考えられます。他方で、G社もF社に先駆けて検察官に情報を提供し、有利な条件での刑事責任の減免を確保しようとすることも考えられます。これまでも、独占禁止法上の課徴金減免制度(法7条の2第10項ないし18項)の下で、カルテルに参加した企業間で、公正取引委員会への通報を先んじて行おうとする状態が生じていましたが、改正法の施行後は、企業は、公正取引委員会への通報に際して日本版司法取引制度を併せて利用するかを検討する必要が出てくると考えられます。

Q4 日本版司法取引施行に伴い、中小企業はこれにどう対応し、留意すべきですか?

A4
自社又は自社の役職員が、日本版司法取引の対象となる特定犯罪に関与した事実が明らかになった場合、仮にそれが、当該役職員の独断で行われたとしても、マスコミや世間からは、組織ぐるみで行われたのではないか、そのような不祥事を起こす環境や風土があったのではないかといった厳しい非難が、企業自身に対して向けられることが予想されます。このような事態を避けるために、企業としては、日本版司法取引制度を適切に利用すること検討すべきでしょう。むしろ、今後は、日本版司法取引を制度を利用しないことで、株主から責任を追及される可能性すら考えられます。
(1)事実関係の調査
自社又は自社の役職員が、日本版司法取引の対象となる特定犯罪に関与した疑いが発覚した場合、まずは、迅速に事実関係を調査する必要があります。関係者からの事情聴取、証拠の収集・分析等を行い、自社内外での関与者の有無や関与状況、捜査機関に提供できる証拠の有無、同種案件の有無等を、限られた時間で、的確に把握することが重要です。
しかし、不祥事というネガティブな事象については、本人が自ら進んで事実を明らかにしようとしないことが多く、事実の把握には困難を伴います。また、日本版司法取引制度の利用にあたっては、どのような証拠を提出すればどの程度の見返りを得られるか、検察官との駆け引きが必要となりますから、刑事実務と企業法務の両方に精通した弁護士に早い段階から、依頼することが望ましいといえます。
また、捜査機関側からすれば、企業自身による事実調査は、捜査妨害や証拠隠滅との疑いを持たれる可能性があります。したがって、帳簿類やメール等を廃棄ないし消去または上書きすることのないよう関係部署に対し、証拠の保全を指示するとともに、事実調査に関与する者を限定し、情報の管理を徹底することで、捜査妨害や証拠隠滅と疑われないように細心の注意を払って進める必要があります。
(2)株主代表訴訟のリスク
企業が日本版司法取引制度を適切に利用していれば、企業としての処分の減免を受けることが可能であったのに、これを怠ったために会社に損害が生じた場合、取締役らは何らかの責任を負うでしょうか。
取締役ら役員及び会計監査人(以下「役員等」といいます。)は、その職務執行につき、会社に対して、善管注意義務を負っています(会社法330条、民法644条)。役員等が善管注意義務を果たさず、その任務を怠った場合、役員等は企業に対して、それにより企業に生じた損害を賠償する責任を負います。そして、企業が役員等の責任追及を行わない場合、株主等が企業に代わって役員等の責任を追及する訴訟を提起することが認められています(会社法847条)。
この点、独占禁止法の課徴金減免制度に関して、住友電工株主代表訴訟では、株主が、取締役らに対して、課徴金減免制度を利用するための内部統制システムの構築義務を怠ったこと、また、実際に課徴金減免制度を適切に利用しなかったこと等を理由として、株主代表訴訟を起こし、最終的に、取締役らが5億2000万円もの和解金を支払う内容で和解が成立しました。
日本版司法取引制度も、課徴金減免制度と同様、これを適切に利用することで、企業価値の毀損を防止し得るものですから、そもそも、利用を検討しなかったり、検討の過程や内容に著しい不合理な点がある場合には、善管注意義務違反を構成し、役員等の責任が認められる可能性があります。
したがって、企業の経営陣は、日本版司法取引制度について十分に理解し、有事の際に、これを適切に利用できる体制を整えておくことが求められます。

【参考】

Q1
・法と経済のジャーナル/太田洋(西村あさひ法律事務所)http://judiciary.asahi.com/outlook/2017032800001.html
・法と経済のジャーナル/平尾覚(西村あさひ法律事務所)
http://judiciary.asahi.com/outlook/2015051100001.html
・Q&Aで分かる日本版「司法取引」への企業対応/山口幹生・名取俊也(大江橋法律事務所)

図表につき
・Q&Aで分かる日本版「司法取引」への企業対応/山口幹生・名取俊也(大江橋法律事務所)p.6を参照

Q3

・会社法務A2Z/平尾覚(西村あさひ法律事務所)
・デロイトトーマツ
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/legal/articles/dt-legal-japan-legal-update-risk-compliance-august2016.html

Q4

・Q&Aで分かる日本版「司法取引」への企業対応/山口幹生・名取俊也(大江橋法律事務所)
・企業犯罪と司法取引/朝山道央(琴平総合法律事務所)

 

 

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