判例研究
出勤停止命令に基づく自宅待機中の賃金の支払いの要否について研究しました
令和3年6月9日(水)に出勤停止命令に基づく自宅待機中の賃金の支払いの要否について研究しました。
日時 | 令和3年6月9日(水) |
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場所 | 湊総合法律事務所 |
報告者 | 弁護士 中村 駿 |
内容 | 出勤停止命令に基づく自宅待機中の賃金の支払いの要否について研究しました |
第380回 判例・事例研究会
日時 令和3年6月9日
場所 湊総合法律事務所
報告書 弁護士 中村 駿
発表判例
東京地裁平成30年1月5日
事案の概要
X は、Y 社に勤務する営業担当社員であったところ、Y 社は、X に自宅待機を命じた上、「X が、
顧客に対し虚偽の契約条件を説明し、Y 社の印鑑を悪用して作成した書面を提示するなどの不正
な営業活動を行って、顧客との間で不正に契約を締結しながら、正当に契約が成立したかのよう
に装って、Y 社から契約実績に応じた成績給を詐取し、業務上の混乱及び経済的損害を与えた」
旨の理由を主張して、X を懲戒解雇した。
その後、X が Y 社に対して、未払い賃金の支払請求を内容とする訴えを提起した。
争点
出勤停止命令に基づく自宅待機中の賃金を支払わなければならないか
判旨
1 使用者が労働者に自宅待機や出勤禁止を命じて労働者から労務提供を受領することを拒んで
も当然に賃金支払義務を免れるものではないが、使用者が労働者の出勤を受け入れないことに
正当な理由があるときは、労務提供の受領を拒んでも、これによる労務提供の履行不能が使用
者の「責めに帰すべき事由」(民法 536 条2項)によるとはいえないから、使用者は賃金支払
い義務を負わない。
認定事実を総合すれば、X は、それまでにも不当営業活動を行って、始末書の提出を命じられ
たり、減給処分を受けたりしていたにもかかわらず、顧客に対し意図的に Y 社が容認しない契
約内容を説明する、Y 社の社印を悪用して Y 社が容認しない念書や覚書や不実の議事録を作成
する、Y 社の事務手続を意図的に妨げるなどの不当営業活動を繰り返し、その結果、顧客から
苦情が寄せられ、また、Y 社のノウハウ情報の経済的価値が毀損されているおそれが生じてお
り、懲戒解雇を含む重い懲戒処分に付することが想定されたことが認められるから、X の不当
営業活動に対する調査、証拠隠滅の防止、懲戒処分の検討及び不当営業活動の再発防止を要し
、そのため X の出勤を禁止する必要があったというべきであり、Y 社の平成 25 年 12 月 19 日
からの本件自宅待機は正当な理由があるというべきである。
2 ただ、無給の自宅待機や出勤禁止が長期化することは労働者にとっては生活資金となる賃金
を得られない一方、解雇されたわけでもないから自宅待機や出勤禁止が解除されて勤務を再開
しなければならない可能性が残り、兼業や兼職も就業規則等に基づき制限される状態が継続す
ることになって、その地位の著しい不安定を招くから、使用者としては労働者を懲戒解雇する
か、懲戒解雇以外の懲戒にとどめるのか、懲戒には付さないのか、遅滞なく意思決定をすべき
であり、相当期間を超えて中途半端な無給の自宅待機又は出勤禁止を継続することは許されな
いというべきである。
Y 社就業規則 101 条は、懲戒事由につき「調査する必要」があるとき(「調査する必要」に
は、出勤停止の方法で適切な懲戒処分を妨げる障害を排除する趣旨に照らして、関係者からの
事情聴取等の調査活動のみならず、証拠隠滅の防止、調査活動の結果に基づく方針検討、労働
基準監督署の見解を確認する解雇予告除外認定申請手続を含むと解される。)に無給の出勤停
止を認める一方、社員の利益を考慮して、「調査する必要」のため無給とできる期間の上限を
定めて出勤停止の必要と社員の利益の調和を図ったものと解される。ここで定められている上
限期間 15 日は、「調査する必要」のための出勤停止は Y 社就業規則で暦日によることが定め
られている懲戒には当たらず、暦日によるとその間の休日の日数によっては調査のための十分
な日数を確保できないことにもなる一方、暦日から休日を除いた労働日で計算しても3週間程
度で済み、長期間になるとはいえないから、労働日で計算することが相当である。
本件自宅待機の初日である平成 25 年 12 月 19 日(木曜日)から起算して、日曜日、天皇誕
生日(12 月 23 日)及び一般的な年末年始の休日(平成 25 年 12 月 30 日から平成 26 年1月3
日まで)を除き、かつ、週 40 時間の法定労働時間の関係上必ず7日ごとに週2日以上の休日を
確保できるように 15 日を計算すると、平成 26 年1月 11 日で上限期間 15 日の期間を満了する
から、日曜日である同月 12 日及び成人の日である同月 13 日の後の同月 14 日からは無給の自
宅待機の適用外ということに一応なる。
3 もっとも、労働者が就労していないにもかかわらず、使用者が賃金全額の支払を免れない民
法 536 条2項でいう「責めに帰するべき事由」は、賃金債権とは別個の休業手当請求権を定め
る労働基準法 26 条でいう「責めに帰すべき事由」よりも狭く、使用者側に起因する経営、管理
上の障害一般にとどまらない故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由を指すと解される
ことに照らすと、Y 社就業規則の定める無給の自宅待機の期間を超えても、直ちに民法 536 条
2項を適用すべきとはいえない。
前記の認定事実及び前記認定判断に照らせば、平成 26 年1月 14 日以降も「調査」に含まれ
る不当営業活動の解雇予告除外認定手続を含む懲戒処分の検討の必要は継続しているというこ
とができ、また、「調査」とは別に不当営業活動の再発防止のため出勤を禁止する必要も存続
していると認められる。同月 14 日から解雇の確定的な意思表示があったと認められる電子メ
ール(書証略)が送信された同月 23 日までの経過日数も暦日で 10 日にとどまり、平成 25 年
12 月 19 日からの本件自宅待機開始からの経過日数も暦日で1か月余りにとどまること、X が
不当営業活動を繰り返しており、調査に相応の日数を要してもやむを得ず、また、再発防止の
必要性も高いこと、Y 社が殊更に解雇までの期間を遅らせたと認めるに足りる証拠はなく、む
しろ、解雇予告とは認められないが、早くから解雇の予定を告げて、X に今後の展開を予測さ
せる措置を講じていたことに照らすと、同月 14 日から 23 日までの間も Y 社に民法 536 条2項
でいう「責めに帰するべき事由」があるというには足りない。
以上によれば、平成 26 年1月 14 日から同月 23 日までの間は民法 536 条2項を適用して賃
金支払義務を認めることはできず、同月 24 日以降は、労働契約関係が消滅しているから賃金
支払義務は発生しない。
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